スピルバーグに監督になることを決意させた圧倒的な映像世界 『アラビアのロレンス』



“砂漠の街の少年”の人生を決定付けた偉大な作品

「この作品は、私に本気で監督になりたいと思わせた初めての映画だった。

その頃、フェニックスに住んでいて、13か14歳くらい。本当に圧倒されたよ」

そう語るのはスティーブン・スピルバーグ。

少年時代は親の仕事の都合で度重なる引越しを余儀なくされた彼だが、砂漠に接した街、アリゾナ州のフェニックスで本作『アラビアのロレンス』(62)と出会えたことは、彼にとって啓示的とさえ呼びたくなる瞬間だった。


映画の中でピーター・オトゥール演じる主人公ロレンスは、記者からの「あなたにとって砂漠とは?」との質問に「汚れのなさ」と答える。

興味深いことにスティーブン少年が砂漠に対して抱いていたイメージもこれと全く同じだったという。

一般的なイメージからすると無慈悲で、容赦のない自然環境のように思える砂漠だが、より突き抜けた観点で見つめればその価値は鮮やかに反転する。

ここで奇しくも心を重ね合わせた彼らの目には、常識のフィルターを超えたところにある「美しさ」や「雄大さ」、それにあらゆる痕跡を綺麗さっぱり洗い流してくれる「汚れのなさ」がより際立って映っていたのだろう。


今なお普遍性を持って訴えかけてくるロレンスの伝説

『アラビアのロレンス』は第35回アカデミー賞で10部門にノミネートされ、作品賞を含む7部門にてオスカー像を獲得した。

まさに映画史の至宝とも呼ぶべき一本だ。

舞台は1910年代の中東。

西側諸国の様々な思惑が渦巻く中、英国政府から派遣されて砂漠入りした陸軍将校T.E.ロレンス(ピーター・オトゥール)がこれまでバラバラだった各部族を結集させ、彼らがオスマン帝国からの独立を求めて戦いを繰り広げる上での旗印となっていく。


通常、「上映時間が優に200分を超える」と聞くと、賢明な映画ファンも多少腰が引けてしまうもの。

しかしこれは決して古びたクラシックとして語るべきものではなく、かといって細かな芸術論をちまちま語りあうような作品でもない。

今なお観る機会さえ得られれば、観る者を瞬時に映画の内的宇宙へと引き込んで放さない。

そんな圧倒的なスケールと磁場を持った作品である。


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「真のロレンス像」をめぐっては今なお議論が続く。

描かれた内容の中立性、正確性などの面で批判があるのも事実だ。

我々はこの映画の鑑賞や批評だけに甘んじることなく、これをきっかけに公開後半世紀を経ても一向に解決の糸口が得られない中東情勢をよりしっかりと見つめるべきなのは明らかだ。

アウトサイダーながら無謀な挑戦を続ける主人公ロレンスがそれらの議論を超えた「一人の人間」として多くの者を魅了するのも確か。

砂漠という無限のキャンバスに浪漫を馳せ、情熱を燃やしながら、それでも最終的には理想とは懸け離れたところへと転落していってしまう悲しみにも、ギリシア悲劇やシェイクスピアに通じるある種の普遍性を抱かずにいられない。


砂漠の真ん中でのテント生活で築かれた驚くべき結束力

もし今の時代、『ロレンス』のような映画を作るとしたら一体どう撮るだろうか。

理想論でいえば、どんな作り手でも最初はリアルな砂漠でのロケ撮影を望むはず。

だが現実的にプランを練り始めると、資金面や効率性、安全性といったあらゆる観点から見て、決してそれは有効な方法ではないと結論づけ、CG処理となってしまう気がする。

そう考えると、CGという選択肢が全くなかった’62年という時代に、あらゆる不便性に抗いながら、いや、むしろあらゆる不便性を乗りこなしながら、この映画が生まれたこと自体、奇跡的としか言いようがない。

さすが完璧主義者にして、自然主義者のリーン監督。

もちろん『戦場にかける橋』(57)という超大作を乗りこなした実績があったからこそ、次の段階へと進むことができたわけだが、それにしても作り物でごまかすことなく、自然をありのままの姿で描き尽くそうとするリーン監督の気高さたるや、今見ても息を呑むほどに圧倒される。


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また、彼もすごいが、それに続くスタッフの情熱も凄まじい。

彼らは皆、ヨルダンの砂漠に張ったテントで寝泊まりしながら、集団生活によって得られた一個師団のごとき結束力でこの驚くべき映像をフィルムに焼き付けていったそうである。

灼熱の大地、熱風、それから突き刺すような陽光は容赦なくクルーを襲った。

それによって噴出する問題も山積していたという。

例えば彼らは、撮影中、フィルムにシミができるという不思議な現象にも悩まされたが、この原因もまた“暑さ”にあった。

彼らは使用していたパナビジョン65ミリカメラを濡れタオルで随時冷やし、なおかつフィルムを食品貯蔵用の冷蔵トラックに入れて保管することを思いつき、なんとか事なきを得たそうだ。

かくも前例のない砂漠での長期に及ぶ撮影ゆえ、毎日が正解のない答えを必死に手探りで求めることの連続だったのである。


暑さを生き抜き、ラクダを乗りこなしたキャストたち

こういった状況に嬉々として身を投じるキャストもキャストだ。

「俺は大スターなのだ」というおごりなど一切ない。

キャスティングの過程を紐解くと、当初は主演候補としてマーロン・ブランドやアルバート・フィニーの名も挙がっていたそうだが、最終的にシェイクスピア物などで知られる舞台俳優、ピーター・オトゥールが大抜擢を受けることとなる。


さらに中東ではすでに人気俳優だったオマー・シャリフがアリ役に就任(アラン・ドロンらも候補に挙がっていたとか)。

ファイサル王子役には『戦場にかける橋』を成功へと導いたアレック・ギネスが、一見すると誰なのか分からないエキゾチックなメイクで参加。

のちに『スター・ウォーズ』シリーズのオビ=ワン・ケノビ役で世界的人気を博する彼だが、当時の観客には、彼と惑星タトゥイーンの砂漠の組み合わせを目にした時、ハッと『ロレンス』の記憶が蘇った人も多かったはずだ。


キャストを待ち受けていたのは自然環境の過酷さだけではない。

もっと大変なのは、自らがラクダにまたがって命を張らねばならないことだった。


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特に大きなチャレンジとなったのは、数百人のエキストラとともに大軍団をなして砂漠を激走するシーン。

もしも走行中に誤って地面に落下したなら、後続のラクダや馬から容赦なく踏み潰され、たちまち大怪我、あるいは死に至る。

絶対に起こってはならない事態のはずだったが、この大事な撮影で、目を覆いたくなるような間違いがオトゥールの身に起こった。

彼はラクダから落ちて土埃のもうもうと立ち込める地面へと放り出されたのである。


関係者の誰もが顔面蒼白になったが、次の瞬間、奇跡的なことが起きた。

彼の乗っていたラクダがすかさず身を呈して彼を守ってくれたのだ。

後続の群れも彼らをギリギリのところで避けて通り、オトゥールには傷一つなかったという。


これも長期に及んだトレーニングの賜物だろうか。

役者同士の化学反応とはよく言うが、本作では動物との信頼関係も欠かせないものだった。

それがあって初めて、ロレンスやその一味が爆走していくあのリアルな大迫力映像、そして砂漠に人生を捧げつつ全力で手綱を引くロレンスの精悍な顔立ちが克明に活写されたのであった。


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このエピソードに触れる時、私はいつも冒頭のバイク走行シーンのことを彷彿せずにいられなくなる。

46歳で不慮の死を遂げる主人公は、この時、スピードを加速させ、風を感じながらどこか笑っているようにも見えるのだ。

あれはもしかすると、かつて理想に燃えて砂漠でラクダにまたがって疾走した日々がにわかに脳裏に蘇っていたからではないか。

つまりあの死の瞬間だけ彼は、身と心を砂漠に引き戻されていたのではないかと、私には思えてならないのである。


スコセッシやスピルバーグからの贈り物

かくも圧倒的な意匠の詰まった本作だが、62年の公開版は諸般の事情でカットが重なり、リーン監督にとって不本意な形だったそうだ。

その後、削除フィルムが見つかったのを機に、本来望んでいた状態に構成し直してデジタル・リマスタリングされたものが88年に「完全版」となってお披露目されることになる。

そして、多額の資金を必要とするこのプロジェクトで大きな役割を担ったのが、マーティン・スコセッシとスティーブン・スピルバーグ。

いずれも本作に多大な影響を受けて育った者たちだ。

二人が完全版製作の旗振り役となり、新たな世代がフレッシュな気持ちでこの伝説的な作品に触れるきっかけをもたらしたのである。

88年はロレンス生誕100周年という節目でもあり、さながら完全版の誕生は、彼らからロレンスへの心からの誕生プレゼントならぬ、人生の恩返しという意味すら込められていたように思えてならない。


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最後に、ロレンスとスピルバーグの関係をもうひとつだけ。

ロレンス物として有名な作品に、『A Dangerous Man: Lawrence After Arabia』(90)というTV映画があるのだが、これでタイトルロールを演じたのが無名時代のレイフ・ファインズだった。

『アラビアのロレンス』の“その後”を描く本作をスピルバーグが見逃すはずはなく、これがきっかけとなって彼はファインズを次回作の重要な役に抜擢することを決意。そうして誕生した『シンドラーのリスト』(93)がスピルバーグに新たな次元の扉を開かせ、冷酷なナチス将校役を演じたファインズにもブレイクスルーをもたらしたことは誰もが知るところである。

真の傑作とは、歴史に置き去りにされることなく、絶えず現在に影響を与え続けるものをいう。

『アラビアのロレンス』とスピルバーグの関係を見てもそれは一目瞭然だ。

彼が今なおこの作品に圧倒され続けるように、半世紀を経てもなお新作のように輝く本作から、我々が得るものもきっと大きいはず。



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